みなさんは「表層雪崩(ひょうそうなだれ)」という言葉を聞いたことはありますか?あまり雪の降らない地域にお住まいの方は「はて?」となるかも知れません。特に厳冬期に発生する表層雪崩ですが、南岸低気圧とも深いつながりがあるのです。今回はその表層雪崩についてズームイン!
1.「表層雪崩」その前に~日本の冬~
(左)新潟県湯沢町の雪景色 (右)谷川連峰(三国山脈)
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」
川端康成氏が書かれた小説『雪国』の冒頭部分は、あまりにも有名です。
この物語の舞台は新潟県湯沢町と言われています。「国境の長いトンネル」というのは、JR上越線清水トンネルのこと。群馬県みなかみ町から新潟県湯沢町へ抜ける全長9.7kmのトンネルが貫くのは、谷川連峰。太平洋側は雪が降っていなかったのに、トンネルを抜けると一面の銀世界。驚いている主人公の姿が目に浮かびます。
ところで、「南岸低気圧」と日本海側での大雪はまったく異なるプロセスによるもの。天気予報でよく聞く冬型の気圧配置(日本列島を基準にして西側が高気圧、東側が低気圧)。本当にそうなっているのか!?実際に天気図をみてみましょう。
(左)2022年12月18日 12:00(日本時間)の地上天気図 出典:気象庁ホームページ 過去の天気図
(右)2022年12月18日 12:30(日本時間)気象衛星ひまわりトゥルーカラー再現画像 出典:気象庁ホームページ
確かに大陸に高気圧、北海道の東に低気圧がありますね。そして、大陸から吹き出す北西風に沿って、雪雲(筋状雲)が発生しています。
では、この雪雲たちはどのようにして生まれているのでしょうか?
【冬型の気圧配置で雪雲が生まれるしくみ】
1)日本付近は大陸でつくられた、冷たく乾いた北西の季節風が流れ込んでくる。
2)暖かい海流が流れる日本海で、たくさん水蒸気を補給し、暖められることで雪雲(筋状雲)が発生。
3)少しずつ発達しながら※脊梁山脈(せきりょうさんみゃく)にぶつかり、高度をあげて大雪を降らせる。
4)雪を降らせて乾燥した気流は山を越えて、太平洋側へ。太平洋側の地方では乾燥した晴天となりやすい。
おおまかには、このようなしくみで雪雲が生まれているのです。
※気象予報士を目指されている方は、山雪型&里雪型の違いもチェックしてくださいね!
この日本海側と太平洋側の気候の違いをつくっているのが日本の背骨とも言われる、脊梁山脈(せきりょうさんみゃく)。日本列島の中央を縦断し、分水嶺(山を隔てて水系が二つ以上にわかれる場所)となっている山脈です。
そして、このような冬型の気圧配置が何日間も続くことで、(主に)日本海側は「豪雪地帯」となるのです。
ちなみに、「豪雪地帯」と指定されている場所を見てみると…
豪雪地帯は日本の国土の約51%!日本はこんなに雪国だったのですね。
2.「表層雪崩」ってどんな現象?
2.1そもそも「雪崩」とは
そもそも「雪崩」とはどんな現象なのでしょうか?
雪崩とは
「斜面上にある雪や氷の全部、または一部が肉眼で識別できる速さで流れ落ちる現象」(日本雪氷学会「雪と氷の辞典」)のこと。
え、肉眼で識別できる速さ?と思った方。そうなのです。斜面に積もった雪は目にはわからないほど、ゆっくり動いているのです。
表層雪崩のスピードは、何と時速100~200kmにもなります! ※全層雪崩は時速40km~80km
時速200kmを乗り物にたとえると…新幹線が該当します。とてつもない速さですよね…
2.2「表層(ひょうそう)雪崩」のメカニズム
雪崩は”すべり面”の違いによって、「表層(ひょうそう)雪崩」と「全層(ぜんそう)雪崩」の大きく2つのタイプに分類されます。
発生する時期も異なり、
・表層雪崩:低気温で降雪が続く1月から2月の厳冬期
・全層雪崩:気温が上昇する春先の融雪期
雪は積もっていくと密度が大きくなり、固くしまった雪になっていきます。この古い雪の層の上に、新しい雪が積もり、異なる雪質の層ができあがります。このような場所で、新雪の部分(表層)が雪崩(なだ)れるのが、「表層雪崩」です。
(左)異なる雪質が積み重なった層 (右)雪崩によって堆積した雪「デブリ」
デブリは漫画「BLUE MOMENT」第2巻でも登場しています。
【表層雪崩が発生しやすい条件】
・気温が低く、すでにかなりの積雪がある上に、短期間に多量の降雪があったとき
・急斜面、特に雪庇(せっぴ)や吹きだまりができている斜面 ※雪庇(せっぴ):山の尾根からの雪の張り出し
・0度以下の気温が続き、吹雪や強風がともなうとき
このような条件&斜面が30度程度の場所で発生しやすいと言われています。
2.3「表層雪崩」と「南岸低気圧」
では、「南岸低気圧」による表層雪崩の発生した事例をみていきましょう。
2017年3月27日 午前8時43分、栃木県那須町の那須温泉ファミリースキー場付近の山岳域において表層雪崩が発生し、高校生ら8名が犠牲となりました。亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
「那須」は関東地方の栃木県北部に位置し、那須連山での登山をはじめ、天皇・皇族の別荘地である御用邸に代表される、温泉のある避暑地として人気のエリアです。しかし、冬季の様相はまったく異なります。「豪雪地帯」に指定されているほど、雪の多い地域なのです。
気象研究所によると、「那須で雪が降る気圧配置パターンは、西高東低の気圧配置が63%、低気圧が30%であり、いずれも降雪時間が長いほど大雪になるという特徴がみられる」そうです。では、この実際の天気図をみてみましょう。
(左)2017年3月26日 21時地上天気図 (右)2017年3月27日 9時地上天気図 那須連山の位置をみどり三角で、風向を青三角で示します。
26日21時:日本の南を進んできた南岸低気圧に向かって、那須では北北西の風が吹いていました。
27日9時 :この低気圧は※閉塞段階に入り、日本の東へ抜けつつありますが、新たな低気圧が千葉県の東に発生。
※閉塞段階:温暖前線(赤線)に寒冷前線(青線)が追いついた状態のこと。低気圧の中心付近まで寒気が侵入していることを示します。
実際の地上観測データで比べてみると…
(左)2017年3月26日:降雪も積雪も観測がありませんでした。
(右)2017年3月27日:午前2時に雪が降り始め、10時まで続いています。積雪量が急激に増えていますね。
今回の表層雪崩は、閉塞段階の南岸低気圧とその西側で発達した低気圧が関東の南東海上を通過しており、これら二つの雲が一体化した雲システムが那須に大雪をもたらしました。この影響で急激に積雪量が増え、表層雪崩が発生する一因になったようです。
3.雪とともに~雪のめぐみ~
前回「南岸低気圧」と2回にわたって、大雪とその気象災害についてみてきました。
その一方、雪のめぐみを私たちは利用してきました。大雪がもたらす豊富な雪融け水は、田畑を潤し、水力発電にも利用されています。
そして、冬の貴重な観光資源にもなり、良質なパウダースノーを求めて国内外から多くのスキーヤーが訪れます。
近年、温暖化の影響で降雪量が減り、営業開始が遅れるスキー場やダムの貯水量減少など、さまざまな影響が出はじめています。
雪のめぐみに感謝しつつ、天気予報を活用して、安全に雪とつきあっていきたいですね。
※ほかにもドラマ・漫画の「ブルーモーメント」に登場する気象現象をいろいろ紹介しています!
【参考文献】
・雪崩発生のメカニズム 防災科学研究所 雪氷防災研究センター
・低気圧による降雪が原因の那須岳表層雪崩 現地調査結果と新たな情報の検討
雪氷防災研究部門 主任研究員(兼)気象災害軽減イノベーションセンター センター長補佐・研究推進室長 中村 一樹