あまり雪の降ることのない、首都圏にも大雪をもたらす「南岸低気圧」。2月5日の大雪では各方面に大きな影響が出たのを覚えている方も多いのではないでしょうか。気象予報士試験でも頻出の南岸低気圧について、ご紹介します!
1.「南岸低気圧」とは?
西日本と東日本の太平洋側に雪をもたらす「南岸低気圧」。本州の南側沿岸部を通る低気圧という意味で、「南岸低気圧」といった呼び方をされます。
♪「東京でみる雪はこれが最後ね」と 【歌「なごり雪」(伊勢正三 作詞・作曲)より】
季節外れの雪=春先の雪として歌われている雪も、きっと南岸低気圧による雪なのでしょうね。
雪の東京駅
しかしながら、情緒を楽しむどころではなく、南岸低気圧は時に大雪をもたらし、首都圏では大混乱を引き起こすことがあります。
今年(2024年)の2月5日~6日に通過した南岸低気圧では、大雪の影響で首都高速道路で53時間の通行止めが行われました。
通行止めとなった首都高速道路
このような「南岸低気圧」の特徴として、気象庁でも「予報が難しい現象(太平洋側の大雪)」と位置づけられています。
では、なぜ予報が難しいのでしょうか?今回はこの2月5日~6日の南岸低気圧をもとに検証してみたいと思います。
2.雪それとも雨?予報担当者泣かせの低気圧
2.1 南岸低気圧のコース
雪か雨かを決める要因として、従来より南岸低気圧の進むコースが用いられてきました。伊豆諸島・八丈島(東京・竹芝より約290km)より北側を通るコースでは「雨」、南側を通るコースでは「雪」になりやすいと言われてきました。
低気圧は進んでいく方向へ、暖かく湿った空気を運び、そして低気圧の後ろ側では、冷たく乾いた空気がおりてきます。この暖かい空気と冷たい空気がぶつかるところが、前線です。
一般に前線の北側で雲が広がりますが、八丈島の北側を通った場合、低気圧から暖かく湿った空気が入り雨になりやすいのです。
八丈島の北側を通るコースのイメージ図:暖かく湿った空気が入り雨 (地図:国土地理院 地理院地図GSI Maps)
また、八丈島の南を通るコースでは、低気圧に向かっておりてくる冷たく乾いた空気の影響で雪になるというわけです。
八丈島の南側を通るコースのイメージ図:低気圧北側の冷たく乾いた空気の影響で雪 (地図:国土地理院 地理院地図GSI Maps)
そして、低気圧のコースが陸地から離れすぎていると雨雲がかからず、陸地では雨も雪も降らないことになります。
では、2024年2月5日~6日の南岸低気圧はどうだったのでしょうか?
※以下の天気図には、わかりやすくするために八丈島の位置を黄色のマルで示しています。
2024年2月5日 18時の天気図:低気圧の中心(黄色マル)は八丈島の北西方向にあります。(出典:気象庁HP「過去の天気図」)
2024年2月5日 21時の天気図:低気圧の中心(黄色マル)は八丈島のすぐ北側を通過しています。(出典:気象庁HP「過去の天気図」)
八丈島の北側コースを通ったなら、コース的には雨のはず…。しかしながら、実際は大雪警報が発表されるほどの雪となりました。
このように、近年の研究で雪になるのは、低気圧のコースだけでは決め手とならず、ほかの要因もあることがわかってきました。
2.2 上空の気温
日本で降る雨の多くは、上空で氷の結晶となってから、落ちてくる途中で融けて雨となったもの。
関東地方平野部での雪の目安とされるのは、上空1500m付近の気温が-4℃。しかし、地表付近の気温が高ければ、落ちてくる途中で融けてしまうので雪にはならず、雨になってしまいます。南岸低気圧は暖かく湿った空気を運んでくるので、地表付近は氷点下にはなりにくいのですね。
地表付近に暖かい空気があれば、雨になってしまいます。※落ちてくる雨粒の形は、丸ではなく空気抵抗でおまんじゅう型です。
地表付近で雪として降ってくるためには、地表付近も低い気温である必要があります。
2.3 大雪の立役者 滞留寒気の存在
関東平野は日本で最大の平野で、北側は日光連山、西側に箱根山という地形。この山地が空気の通り道をブロックするのです。
この地形と雨などの影響で、関東平野の内陸部に冷たい空気の層ができるのですが、この冷たい空気の層が大雪の立役者。
まず、はじめに低気圧の接近で雨雲が内陸部までかかると、上空では雪になって降りはじめます。雪は落下しながら、融けて雨に。
雪(固体)は、雨(液体)になるときに周囲から熱を奪います。夏の暑い日に打ち水をすると涼しくなりますよね。これと同じ原理です。
打ち水
そして、本格的に雨が降り始めると、雨自体が冷やす効果で冷たい空気の層=滞留寒気(ルビ:たいりゅうかんき)が完成するのです。
冷たい空気は重いので、関東山地を超えることができず、地表付近に溜まっていきます。この冷たい空気の層の厚さは数百メートル程度。
背が高い積乱雲が到達する高さは約1万メートルなので、数百メートルは地面からほんの少しの高さですよね。
この冷たい空気の層が、北~北西の風で内陸部(関東地方北部)から関東地方南部へと運ばれてくるのです。
滞留寒気が関東地方南部に流れこむイメージ図 (地図:国土地理院 地理院地図GSI Maps)
すると、関東地方南部でも地表付近の気温が下がり、雪が融けずに降ってくるというわけなのです。
【ちょっとレベルアップ:実際の高層天気図&観測データを読んでみよう!】
2024年2月5日 21時(日本時間)の高層天気図です。(出典:気象の専門家向け資料集)
気象予報の現場では、このような高層天気図も使います。
【上図】500hPa:高度約5500m付近の天気図です。水色のラインが偏西風が強い場所(強風軸)、赤丸が地上低気圧の位置を示しています。
低気圧の真上に強風軸がきているので、閉塞をはじめていると推測されます。
【下図】850hPa:高度約1500m付近の気温、700hPa:高度約3000m付近の上昇流域(斜線部分)、下降流域(白色部分)を示しています。
等温線は3℃ごとにひかれているので、目安で-3℃線を水色にしています。
低気圧の進行方向の前面で暖気移流&上昇流域、後面で寒気移流&下降流域がはっきり表れていますね。
2024年2月5日 東京の観測データです。(出典:気象庁過去の気象データ検索)
地上で実際に観測された気象データの抜粋です。2月5日14時には、風向が北北西に変わり、15時から雪が降り始めたことがわかります。やはり北~北西の風で冷たい空気(滞留寒気)が関東地方南部におりてきていたのですね!
ただ、このように雪となるかは、地表付近の空気が乾燥していること、雨雲のかかり方など、さまざまな条件がそろう必要があり、気象庁の予報官でも予報が難しい現象なのですね。
3.南岸低気圧による気象災害
南岸低気圧は暖かい海上でできる低気圧のため、大量の水蒸気を連れてきます。
この水蒸気が雪や雨の元となるのですが、南岸低気圧で降る雪は0℃前後と雪が降る気温としては高めなのです。
このため、雪に含まれている水分が多く、べたっとした重い雪です。このような雪を「湿雪(ルビ:しっせつ)」と言います。
水分が少なければ、さらさらの乾いた雪(乾雪)=パウダースノーとなります。
雪だるまなどの雪遊びには持ってこいの湿雪ですが…
この湿雪、水分が多いので電線等にくっつてしまうことがあります。雪の重みで電線が切れる、ショートするなどで停電を発生させるような気象災害にもつながるのです。2024年2月5日~6日の大雪の影響では、首都圏で約3170戸が停電しています。
また、湿雪は融けやすいのも特徴です。低気圧が日本の東へ抜けて、雲がなくなると翌朝は再び氷点下まで下がることも。朝に「ブルーモーメント」が見えるときは、このような放射冷却が強いときです。
すると、水が再び凍って氷となり、路面がアイスバーン状態に。車のスリップ事故にもつながります。
車を運転される方はハンドルを取られてヒヤリとした経験があるかも
普段雪が降らない地域に住んでいる方にとっては、慣れない雪ですべって転倒したり、ケガにもつながる侮れない雪なのです。
今度「南岸低気圧」というワードを天気予報などで耳にしたら、こまめに情報をチェックの上、時間に余裕をもって雪に備えたいですね!